2021年12月22日水曜日

開館当初の想いで ACT Visionについて

初代館長 長澤 勲 (1986年-1989年)

YMCA ACTは、1.横浜YMCA全体のインフォメーションセンターとして 2.語学教育の拡充 3.国際協力等の3点がコンセプトにありました。そこで、何かそれらにふさわしい施設として、アピールすべきものはないかと思いを巡らした。1980年代には北米のCNNが衛星放送で日本にも届いたので、これをニュースとしていつでも映像を流し、聞けないかと思いを巡らした。そこで、ACT Visonいう100インチを超える大型プロジェクターによる受信を実現しました。これには、当時大日本印刷の理解と協力無しには実現できませんでした。当時プロジェクターで背後から映して前方で観るためには、特殊なスクリーンが必要でした。当時テレビのニュース番組の中で映像が映し出されていたあの仕掛けこそ、大日本印刷が開発した特殊スクリーンで120万円でしたが、YMCAのスクリーンの予算は10万円でした。何としても実現したく交渉を始めました。YMCAはミッションのある国際協力や支援をする団体であり、単なる語学教育団体ではないこと。スクリーンに世界の出来事を瞬時に映し出せること、YMCAの国際協力等が映し出されることの意義についてのご理解を願い、大日本印刷に数10回と通い、その思いを伝えご理解とご協力が得られて実現しました。加えて全日制日本語学校もスタートさせました。当時としては、横浜駅西口に位置した都市型YMCAとしてかなりモダンな施設でした。

2021年12月21日火曜日

ACTは私のホームの一つ

YMCA ACT リーダー 大内めぐみ

YMCA ACT(以下、ACT)には、私の語学学習の歴史が詰まっています。
今のEnglish Speakerとしての私があるのは、ACTのおかげです。

中学生時代には、メインの英語授業以外にも、川久保先生にサポートしていただき英語スピーチコンテストに参加することもできました。
ACTで習う語学は基本的な学習だけにとどまらず、「いかに正確に早くリスポンスし、コミュニケーションを取るか」と言うレベルが高く、実践的なものでした。
読み書きだけではカバーできないスピーキング力は、今では私の自慢のスキルのひとつです。

ACTでは語学の勉強以外にも、さまざまなインプット、アウトプットの場をいただきました。自分が行ったことない国の知らない現状や、逆に私の経験をお伝えする機会をいただけたことは、Active Communication Terminalだからこそできたことと思います。
「ACT の Terminalとしての役割を広げたい!」と思い実験的にスタートしたACT Cafeでは多くのスタッフの方やメンバーたちに支えられ、イベントを実行する難しさと達成感を学びました。いつも私のアイデアやわがままを形にする手助けをしてくださる皆様には、本当に感謝しかありません。

学生時代は一生徒として、そして卒業後はボランティアメンバーとして過ごし、ACTは私のホームの一つとなっていました。
そんなACTが今回なくなってしまうと聞き、本当にさみしく思います。
私自身がどれだけACTに恩返しができたか分かりませんが、たくさんの思い出はいつまでも大切な宝物です。

私たちはどこにいてもACTのメンバーです。私は胸を張って、そう自慢できます。
そして、これで全て終わり、ではないのがYMCA ACT。
さまざまな人と人とを結びつけてきたこの場所はなくなってしまいますが、ここでできたきずなやつながりはなくなることはないと、信じています。
Thank you for all the loving memories.
Let’s begin our new journey, together! 

Meg


YMCA ACTへの想い

第2代館長 島田 茂(1990年-1993年)

私がACTの館長をさせていただいたのは、横浜YMCA語学教育事業共同化推進戦略の4年目となる1990年4月から、私が突然化膿性椎間板炎で衣笠病院に入院し、ご迷惑をおかけした1993年11月迄の約3年半でした。館長になり先ず近隣の教会を訪問させていただき、YMCAに期待することを牧師の方々から伺いました。多文化共生の拠点として期待される牧師の方もおられましたが、ある牧師の方からは、日曜日の活動に対してなど厳しい批判を受けました。横浜駅に近い拠点としての在り方を考えさせられました。

記録に残したい活動としては、横浜YMCA語学教育の拠点として故松本晴雅主事のパートナーで外国人スタッフとして貢献してくださったジャニス・松本氏(現在、再婚されシカゴ在住)が企画したランゲージマラソンの実施、語学留学準備コース開設、第1回・第2回日本MBAフォーラムの企画・運営、日本語教材の作成などがあります。スタッフ・講師の方々とさまざまな事業を開発することに携わることができ、感謝の日々でした。


2021年12月20日月曜日

今でも役にっているACTで培った考え方・価値観

YMCA ACTリーダー 亀之園 祥平

初めてYMCA ACT(以下、ACT)に行ったのは高校2年生の頃。子どもたちを連れてキャンプにいけるという話を聞き、面白そうだなと、1999年にちんじゅうリーダー、さきいかリーダーについていったのが始まりでした。

高校生から社会人までいるシーガルズ(seagulls)という集まりで、とても温かく迎えられ、毎週のように集まって準備を重ね、無事キャンプが成功に終わった時の達成感と高揚感は、今でもよく思い出せます。目標のために準備を重ね、成し遂げることの喜びを教えてくれた原体験はまさにこれだと思います。

ACTはとても小さな空間ですが、そこに集まるリーダー、スタッフ、英会話講師、会員、運営委員の方々、さまざまな背景のある人たちが集い、触れ合いがあり、顔の見える関係が出来る、とてもアットホーム(かつインターナショナル)な場所でした。そういった親密な空気の中でのびのびと活動させてもらったことが、社会に対して、世界に対して前向きな気持ちを私の中に作ってくれたように思います。またボランティアin タイやRomford YMCAのSummer schoolなど海外での活動の機会を通じ、どんな人たちとも共に過ごし、活動する中で、出身国などは関係なく気持ちを通じ、親しくなれるということに、実感をもって気づくことができました。

現在の私はシンガポールに住み、現地に本拠地をおく海運会社に勤めています。自社の船隊をいかに安全に、効率よく運航するかは、世界各地の港湾関係者や荷主との協力が不可欠で、時には競合他社ともうまく助け合うことが求められます。信頼関係が非常に重要で、”you will meet people twice”という格言があるほど。(一度出会った人とはまたどこかで再び出会うから、決してどんな相手にも無礼をしてはいけない、という意味)。相手の文化や背景を尊重し、その上で最善策を探るといったことが求められる機会において、ACTで培った考え方、価値観は非常に役に立っています。

多国籍な同僚たちとのコミュニケーションにしても、仕事上のトラブルにしても(海運業はささいなトラブルは日常茶飯事)、誰かや何かのせいにするのではなく、自らもう一歩踏み込んで知り、思いを巡らすことで、物事の別の面が見えてきて解決に至るということが多々あります。

シーガルズ(seagulls)で長年掲げていた『知って、感じて、考えよう!』のスローガンは、名言であると思います。

横浜を離れて12年もの時が経ってしまいましたが、ACTはふとした時に自らを見返し、立ち返る場所として今も私の中で存在しています。


地域社会におけるACTの働きと私の想い

第3代館長 岩邉 俊久 (1994年-1997年)

1986年4月YMCA ACTのオープニングは鮮烈で、国際化が急速に進む中、多文化交流促進と情報発信、かつ国際的人材を養成し繋ぐActive Communication Terminalとなるミッションのもと、通訳会議室、英語と日本語学校事業、国際と広報部の活動を開始しました。開設記念講演は著名ジャーナリストの筑紫哲也氏、作家の高史明氏等まさにACTは最先端を行く開拓者。通訳者養成、留学コースは米国を中心に留学生を多数輩出、日本語学校生との多彩な国際交流。さらに国際理解、多文化、人権、開発、環境活動を通じ平和構築に寄与するユースリーダー育成。1989年9-12月に私は横浜YMCAからニューヨークYMCAへ派遣され、米国の教育調査、YMCA地域活動、YMCAスピリットに大いに刺激を受け、帰国後はその経験をYMCA活動に還元するよう努めました。ACTはこれまで地域、日本、世界で課題に向き合う人材を大勢送り出し、その方々が現在各地で活躍しています。






2021年12月19日日曜日

自分が一番自分らしくいられる場所

YMCA ACT リーダー 木村 真理子

私がリーダーになったのは高校一年生の時(1995年)。英会話が終わって帰ろうと思った時、一階の教室からなにやら話し声が聞こえました。どう見ても英語のクラスではなく、かなりの大声で何かをディベートしているように見えました。「あれはYMCA ACT のリーダーたちで、今度ある行事にむけてミーティング中なんだよ」とスタッフの方が教えてくれました。「ちょっと見てみる?」と部屋に案内された。確か制服の人もいたし、社会人みたいな人もいて、私はなぜかとても強く興味を感じて、一度参加させてもらうことにしました。その時は、私のかけがえのない居場所になるとは思ってもいませんでした。また、これから親友となる人がそこにいるとも知りませんでした。リーダー活動は、とても楽しくて、刺激的でした・異なった年代、職業、性格の人間が集まり、一つの目標のために熱く語って作り上げていく姿が良い意味で衝撃的で、毎日がとても楽しかったです。たくさん笑って、泣いて、議論しました。何か物足りない自分の人生に光が差した気がしました。

子どもたちとの関係性も、ただ遊んで楽しむだけではなく、そこからこんなことを感じ取ってほしい、大切な価値観を伝えたい、と常に考えながら寄り添い。とても素晴らしい活動だな、と感じました。

ところで今でもずっと大切にしているのは、あるリーダーから教わったDorothy Law Nolteの「こども」という詩です。

”批判ばかりされた子どもは、非難することをおぼえる” -と始まり
“可愛がられ抱きしめられた子どもは、世界中の愛情を感じとることをおぼえる”
と終わります。

今でも子どもだけでなく大人と関わる時、このこと考えながら、コミュニケーションをするように努めています。そして、添付している絵は、留学する前の送別会でいただいたもので、わたしの宝物です。何度でも見るたびに笑顔にさせてくれる。今思い返してもACTは、そしてそこで出会った仲間は私の人生で自分が一番自分らしくいられる場所だった、と心から思います。感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。


YMCA ACTに集う人びと

第4・7代館長  梶谷 和宏 (1997年-2000年,2010年-2011年)

横浜YMCAでの勤務時代、私は2度YMCA ACT(以下、ACT)の館長をさせていただきました。組織の中で働く者として大切な労働要素に「loyalty」があります。日本語にすると忠誠心となってしまうのですが、柔らかくいうならば、『自分の働いている事業所を愛し、そこで行う事業の繁栄を願い一生懸命働く気持ち』となるでしょうか。あくまでも私見ではありますが、ACTに集う会員、ボランティア、運営委員、リーダーの方々、そして職員は「ACTのためにがんばりたい」という気持ちがとても強く「loyalty」が高かったのではないでしょうか。

インターナショナルパーティーやバザーを開催すると、どこからともなく人がやってきて、小さなYMCAは異様な活況を呈していました。皆が旧知の間柄であるかのように笑顔で語り合っていた光景が今でもはっきり思い起こされます。この垣根の低さは「共に生きる」ことを提唱するYMCAの精神を具現化していたのではないかと思っています。YMCAのプログラム会員ではない人も、loyaltyをもってYMCA ACTの活動に関わっていたのです。


時代の流れの中で社会はさまざまな要素が変遷し、ACTはその活動の使命を終えることになりました。館長を6年間務めた者として、この寂寥感は言葉にならないものがあります。しかしながらACTで大切な時を経験したメンバーたちは、きっと異なった形でYMCAの会員活動を継続していってくださるのでしょう。私も自分自身を育んでくれたACTに心から感謝しています。